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台風15号の爪跡

台風15号の爪跡

令和元年(2019)9月9日〜

台風15号の規模の大きさや関東に上陸の恐れがあることは、早い段階から気象情報で予測されていました。鎌倉市としても8日午後4時に災害対策本部を設置しており、事前に備えていることに安心しておりました。8日の夜中から9日未明にかけて警戒が必要でした。
予報通りでした。強い風と雨を伴って三浦半島に上陸、東京湾に抜けて行き、大きな爪跡を残しました。

9月9日(月)
 翌9日の明け方4時頃まで、強い風雨が気になり眠りにつけないで、ずっと起きていました。ふと眠ったのだと思います。6時半にご近所の方からの電話でとび起きました。宅間谷戸の道路が2か所土砂崩れで通れないというのです。
電話を下さったご近所と夫と私は、電動ノコギリを持って現場に駆け付け、倒木の枝を切り、一か所は車両通行可能にしました。もう一カ所も倒木の枝は切りました。その現場もご近所方が駆けつけてきて、短くなった倒木はできるだけ除去し、歩行可能になりましたが、土砂が多くて車両通行可能にまでは私達ではできませんでした。しかし、これは住民の有志でいざとなれば、力を合わせることができる、という実感が持てる出来ことでした。

そうこうしているうちに、更に大変衝撃的な一報が入りました。
「前川さん、玄関が開かない。そして目の前の電信柱が見えない。2階の窓が倒木で突き破られている、大きな崖崩れが起きてしまったようです。」という二階堂の一地域の方からの連絡でした。その方とは、2年前の6月から、そのお宅の目の前の崖に生えている何本もの大木についてずっと対応してきました。強い雨が降る度に枯れた木枝や石が落ちてくることもありました。何ていうことだ、どんなに怖いだろうか、というと思うと、いてもたってもたまらず、駆けつけました。
その時のことは、今でも思い出そうとしてもよく思いだせない程の衝撃でした。
それはそれは色々なことがありましたが、民間の土地でも家屋に近く危険木と判定した木を伐採する事業、つまり鎌倉市の樹林管理事業を活用して、今年の9月の初めに申請にやっとのことでこぎ着け、申請を終えたばかりでした。今年の冬には、申請した木のうちの何本かが伐採されることになる、とやれやれ、少しほっとした矢先の今回の崖の崩落、倒木事故発生でした。

9時半からは議会が開かれ、いつも通り、議員の一般質問が行われました。これも私には、衝撃的でした。私が早々に携わった事案だけでも複数あるのに、他の地域でも起きているに違いないと思っていたので、まさか議会が開かれるとは思っていなかったのです。議会の防災対策会議も開かれていましたが、兎に角、一般質問が一人終わった段階で議会はその日は中断しました。
早朝に一度駆けつけた二階堂の一地域に戻りました。住民が12軒25人の住宅地ですが、全く出入口は塞がれて、あるお宅の庭に梯子をかけて通路をつくってくださってありました。住民の有志で設置して下さったことで、有難いことでした。けれど、お年寄りには、簡単に降りられる梯子ではありません。
停電、孤立、崩落、倒木状態が始まったのです。
玄関が開かないお宅は、他に出入口をつくり、通常とは違う生活が始まりました。電話でやりとりするにも、電気が必要です。昼間でも孤立して簡単に地域から出ることができなくなってしまった地域とのやりとりには、電話は欠かせません。充電が必要です。二階堂の町内会長に連絡をし、状況を話し、発電機を運んでもらいました。私の浄明寺町内会の発電機も持ちこみました。その発電機は、この後電気が回復するまでの4日間、大変活躍することになりました。

9月10日(火)
10日、議会がまた開かれ、閉じられました。
 一方で、浄明寺の一部も停電しているということでした。それに伴い、浄明寺町内会館を開けて避難所にするという相談を同じ町内会副会長をしている仲間から連絡がありました。有難い案でした。夕方の5時まで、町内会の役員に声をかけて詰めることになったのです。
 そしてまた、一方で二階堂の緑菀台とその奥の住宅地も停電しているという情報が入っておりました。長期化する停電を恐れました。
一番近い避難所は市役所でした。暑い中で、昼間、二階堂から市役所に避難することは、困難であるだろうと思いましたので、図々しいとは思いましたが、停電していない鎌倉宮の開放を考えました。早速、町内会長に宮司様への依頼をお願いし、即、快諾頂きました。
開放して頂いても、開放していることをできるだけ住民の皆さんにお知らせしなくては、と思い、市にお願いして浄明寺町内会館も鎌倉宮も暑さからの避難所として、あるいは携帯電話の充電ができるように開放しているという内容の広報車を出して欲しいと依頼しました。浄明寺町内会の会館は利用者が少なかったのですが、それでも学生さんがインターネットを利用しての勉強をするために会館を活用し、鎌倉宮は、24時間開放となり、市職員の配置もあり、かなりの方達が利用されました。境内にはシャワー室も設けられ、利用者があったということでした。
夕方、自衛隊の応援が二階堂の一地域に入ることが分かり、早速下見が行われました。明日から活動が始まるということでした。

9月11日(水)
11日、やっと議会が休会となりました。
緑菀台の下の二階堂川沿いが大規模崩落し、流れをせき止めてしまい、道路にまで川の水が溢れて通行不可になる事故が起こっていました。夜通しのポンプ作動で水の吐き出しが行われていました。
早朝から自衛隊の倒木撤去作業が始まりました。

9月12日(木)
12日、早朝から自衛隊による撤去作業が始まりました。
夕方には通路が少し空きました。そしてその通路を利用して東電の作業が行われ、
午後7時22分にこの地域の電気が回復しました。大変な喜びでした。
緑菀台や他の二階堂、浄明寺地域は昨日の5時半頃、電気の回復がされています。

12日に、長引く停電に対して、炊き出しの要望がこの地域の方からありました。お弁当を買ってくることで対応することにしました。暑いので食中毒が心配でしたので、必要な数だけを町内会の対応で配ることになり、一軒一軒必要な個数を集計しました。これは、二日間行いました。地元の民生委員さんの応援も得ました。

9月13日(金)
13日の2時に自衛隊の作業は終了しました。

まだまだこれから、多くのことを乗り越えていくのですが、これまでのことで、緑の管理については今や深刻な問題になりつつあると実感しています。10年程前から眺める緑と一緒に暮らす緑は違うことを訴えてきました。つまり、緑は日頃の癒しになる一方で、災害の凶器になるということです。薪、炭の需要があり緑の手入れをしてきた時代、木こりという技術を持った人がいた時代はよかったのですが、木を切らなくなって50年以上になると思いますが、そこから野放図に繁茂し始めた木々は住民の手に負えなくなりつつあります。そして、市の樹林管理事業も市を6地域に分けて毎年、順番に伐採を行ってきた政策があり、それをさらに短い期間にする必要性を訴えて6年程が経って、やっと3年に一度行うことになりました。さらに、庁内で緑に関する部は横連携で危険木に関する情報交換ができるような委員会「鎌倉市危険斜面及び危険木に関する調整会議」を設置してもらいました。

 自分の周りにある緑が誰ものかを知っておくことはとても大事なことです。そして日頃の備えとして、電線にかかっている緑についての対策を考えていなくてはなりません。









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