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よりともジャパン観光推進議員連盟 総会打ち合わせ 三島にて

令和元年(2019)8月17日  まる三年が経ちました。  ちょうど、3年前の今日、よりともジャパン観光推進議員連盟が、三島市で立ちあがりました。当時も今日と同じ三島大社のお祭りの最終日で、 三島駅前のロータリーには、背の高い山車が置かれ、その上でお囃子の演奏が行われていて、駅界隈に賑やかなお囃子の音が響いていました。 今日も、3年前と同じようなお祭り気分一色の三島でした。  三島は、日本大学のキャンパスがあり、私も大学生活の一時期を通っていた所でもあり、学友も住んでいる街としてとても懐かしい場所です。卒業依頼、またご縁ができるとは、本当に不思議で、有難いことです。  議員連盟は、千葉県鋸南町、小田原市、沼津市、函南町、箱根町、富士宮市、伊豆の国市、伊東市、熱海市、三島市、鎌倉市等が加盟市町として名を連ねることになり、 当然ですが、いずれも頼朝ゆかりの市町が加盟しています。    その中で、私が会長、三島市の大房正治議員が副会長、そして小田原市の鈴木敦子議員が副会、そして事務局に伊豆の国市の内田隆久議員、とそれぞれ役員に任命されました。依頼、三年間、鎌倉まつりや鋸南町の頼朝祭りにの時期に交流時間を設け、参加できる議員が交流できるようにしてまいりました。そして、交流の場で総会が迎えられるようにしてきました。  今年の総会は、10月5日に午前10時から小田原市の佐奈田霊社で開催する予定にしています。今日は、その打ち合わせをし、暑気払いも兼ねて、三島市集まりました。  佐奈田霊社とは、石橋山の合戦で、頼朝方の佐奈田与一義忠が、敵将の俣野影久を組み伏せましたが、与一の刀は血糊がこびりついて抜けず、その間に敵の長尾真六に打ち取られてしまいました。与一が俣野影久を組み伏せた畑が今でも「ねじり畑」として残っていますが、戦いの後、この畑の作物は皆ねじれてしまうということからこの名になった といわれています。その与一の遺骸を葬ったのが与一塚です。その傍らには、佐奈田霊社が建っています。この霊社には、与一が影久と組み討ちをする中、味方からの問いかけに対し「たん」がからんで声が出ず、そうこうしているうちに、敵にうたれてしまったという故事から、たん、咳、ぜんそく、声に霊健があると知られ、芸能関係者の参詣も多くあるということです。    今年は、そうした頼朝ゆかりの地での総会となるわけです。  今後の連盟の活動は、これまでのように各市町の各市町の頼朝関連の行事に参加したり、頼朝ゆかりの土地を訪ねて、もっと歴史を知ることができるような交流事業をしよう、ということになりました。  懇親会では、お互いの市の課題等も話題になり、とても勉強になります。  和気あいあいとした雰囲気の中で、打ち合わせと懇親会が開かれました。  この懇親会に、三島市青年会議所の小野副会長が飛び入り参加されました。青年会議所として、他の市町、特に鎌倉市と広域連携を考えているという提案を持っての参加でした。何か協力できれば・・・と若い力を応援したい、と思っています。  三島大社祭りの最終日は、大社の境内で流鏑馬が執り行われます。鎌倉まつりの時と同様、大日本弓馬会が流鏑馬を奉納されます。 流鏑馬についても、懇親会で話題になりました。帰りの東海道線で三島から、その大日本弓馬会の奥山副会長をはじめ数人の方達を偶然一緒になりました。  とても素晴らしい成績がみられたそうで、大変喜んでおられました。三島大社の神職に射手がおられ、その方が3つの小的(白くて丸い瀬戸製の物)を全部的中されたそうです。伺っているだけで興奮するお話でした。その時の感動がグッと伝わりました。  素敵なお話しで締めくくられた一日でした。









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